滝修行 裏話① ~朝メシ前の楽な仕事~
ホワイトボードに「大寒」と書かれている。
大寒と言えば、富山では上市町の日石寺で行われる滝修行が有名だ。
地元局はニュースネタでも取り上げる。
年明け早々「今年、どうします?」とカメラマンに言われていたが、2本の特集を抱え、てんやわんやの忙しさだった私は「まぁ直前の気分で決めるわ。東京のデスクにも聞いてみてから」と放置していた。
大寒前日、私は東京のデスクに電話した。
「あす恒例の滝修行があるんですけど、どうしましょうかね?」と。
デスクは「中田さん、前もやってなかった?あす雪だし絵になるけど俺からは浴びてきてって言いにくいんだよね。パワハラになっちゃうと嫌だし。中田さん自身に浴びる意思があるなら、お願いしたいけど」と弱腰である。
あぁ、時代だなあと思う。日常会話からもコンプライアンス意識を感じる。
「他のニュースが立て込んでいるから、滝修行はいらないわ」と言われれば行かなかったが、私の意思さえあればご入り用とあらば行こうではないか。
私は「じゃあ、行ってきますわ。7年ぶり4度目なんですよ」と言った。
デスクは「甲子園みたいだね。中田選手の戦いぶりに期待してます」と返してきた。
このやりとりを聞いていたNカメラマンが、率直な質問をぶつけてきた。
「なかっさん、本当はどんな気持ちなんですか?行きたかったんですか?それとも『行かなくていいよ』と言われた方がよかったですか?」と。
私は答えた。
「本当にどっちでもいいんよ。滝修行って、私にとっては朝メシ前の仕事というかさ。
ぶっちゃけ、日々の記者業務・ディレクター業務の方がきついんよ。企画立てて、現場仕切って、原稿書いて、編集してさ。いつも現場が滞りなく進むとも限らないし、合わない人もいるし、感情がぶつかることもあるし、嫌な交渉をしなければいけないこともあるし。そんなこと思えば、滝って浴びれば終わるやん。私にとっては楽な仕事のひとつかな」と。
カメラマンは「大寒の滝修行が朝メシ前の仕事・・・なかっさん、すごいっすね・・・」と絶句していた。
本当なのだ。体を張る仕事って、別にそんなにきつくない。むしろ頭を使い、センスや能力を問われる仕事の方がよっぽどきついと思う。
私は大急ぎで御用達のGUに行き、白装束の下に身に着けるベージュの下着類を購入した。透けても大丈夫なよう、二枚重ねで挑もう。これでずぶ濡れになっても、見苦しい映像になることはないだろう。
寒修行当日。北陸地方は寒波のピークだった。朝からしんしんと雪が降っている。
カメラの場所取りのため、Nカメラマンと私は朝7時に支局を出た。
10時から住職による儀式が行われ、その後参拝者や記者も滝修行ができることになっている。
私は7年ぶり4度目なので、少し勝手が分かっていた。
まず確認すべきは風呂の場所だ。修行後は真っ先に湯船に飛び込みたい。
今年の女風呂はあの建物ですと事前に教えてもらい、行き先が分かった。
階段下のあの建物を目指せばいいんだな・・・。
一般参拝者の気迫あふれる滝修行を撮影した後、私は着替えに向かった。
滝で流れて目元が真っ黒にならぬよう、いつも目の下に入れているアイラインは入れなかった。唇が紫色になると幽霊のようになるので、元気に見えるよう赤い口紅を塗った。
カメラマンには「私は気迫でどれだけでも浴びられるから、撮りたい絵をすべて撮り終えたら合図してくださいね」と強気なことを言った。
修行も大事だが、映りも大事だ。午前10時半。私は煩悩まみれで滝に向かった。
滝修行 裏話②につづく