滝修行 裏話② ~唯一の後悔~
滝修行 裏話①のつづきです(①から読んでね)
大寒の滝修行は絵になるため、アマチュアカメラマンも多く集まる。
私たちTVクルーが、滝に入ってよいか住職に許可をとろうとしているとき、行儀の悪い一部のアマチュアカメラマンから「住職はいいと言っていたよ。目の前の焚火が消えないうちに、早く浴びてくれ。焚火越しのあなたを撮りたいんだ」と、リクエストが入る。
が、そんな勝手な言い分には乗らない。私は粛々と正しい手順で撮影を行いたいのだ。
住職は私のもとに来てくださり、滝行前の儀式をしてくれた。
刀のようなもので背中を斬る。住職は「『恐れ』と『迷い』を斬っておきましたので、迷いなく滝へお進みください」と、促してくださった。
明治元年に建てられた高さ5・5mの六本瀧。
実は冷たさより、圧にやられてしまう。
どどどどどどどどどど・・・
滝に入ってしまったらあとは耐えるのみ。
難しいことはない。耐えればよいのだ。
どどどどどどどどどど・・・
圧がすごい
どどどどどどどどどど・・・
刺さるような冷たさだ
修行中、私は可能な限り目を開けようとした。
カメラマンが、どこでどんな絵を撮っているか把握するためである。
カメラマンの「もうOKだよ」という合図を見るためである。
どどどどどどどどどど・・・
しかし目の前の水しぶきで、視界はいつもの4分の1ほどしかない。
住職が私を見つめている気がする。
「もういいですよ、長すぎますよ。倒れる前に出てきなさい」と言っているようにも見える。
アマチュアカメラマンの軍勢が大声で何か叫んでいる。
頑張れ!と、声掛けでもしてくれているのだろうか。
どどどどどどどどどど・・・
しかし、滝の音がすごすぎてわからない。
あらゆる情報がうっすら入って来るが、その本意が分からない。
そうして私はゾーンに入っていく。えいっ!やー!えいっ!やー!
それが落差5・5mの滝の下の環境である。
Nカメラマンが遠くへ行った。
ラストカットのロング(広い映像)を撮っているのだろう。
カメラマンが手をあげたように見える。よし、OKが出たようだ。
私がよろよろと滝から出ようとすると、カメラマンは私に駆け寄り「まだです」と言った。
あぁ、さっき手をあげたのは「待て」の合図だったのか。
私は再び滝に戻り、修行を続けた。
後でスタッフに聞いた話によると、アマチュアカメラマンが大声で叫んでいたのは「あと半歩奥へ」と言っていたらしい。
頭の頂点で滝を受ける写真が撮りたかったようで、「あと半歩奥へ」と。
聞こえていれば対応したが、滝の音がすごすぎて聞こえなかった。
何なら私への「頑張れ~!いいぞ~!!」という声援だとすら思っていたが、まさかのダメ出しだったとは!
スタッフは続けて言った。「なかっさん、長かったですよね。いつまで浴びてるのかと思いました。住職のお経が1周してもまだ出てこないから。住職もちょっと手持ち無沙汰の様子でしたよ」と。
やはりそうだったか。何だか異様に住職と目が合うなぁと思っていたのだ。
後でVTRを確認したところ、私が滝を浴びていた時間は約2分半だった。
Nカメラマンは「滝修行の後、おじさんたちが嬉しそうになかっさんの世話してましたね。ぞうり履かせたり、手を握ったり。僕、遠くから見て笑ってしまいました」と言ってきた。
そうだ・・・。確かにそうだった。
滝修行の後、一番困ったのは足の感覚がなくなったことである。
体ではない。足なのだ。
ぞうりの鼻緒を、親指と人差し指の間に通すことすら困難になる。
そんな私におじさんたちは手を貸し、ぞうりを履かせてくれた気がする。
Nカメラマンは「ぞうりおじさん」しか見ていないようだが、実は他にも「おかゆおじさん」と「階段おじさん」がいたことを思い出す。
その日寺では無料でおかゆをふるまっていた。滝修行後、一刻も早く風呂に入りたい私に、おかゆおじさんは「おかゆ食べていかれ。あったまるぞ~」と促した。
おかゆより先に風呂に入りたかったのだが流れに逆らえず、私はずぶ濡れのままおかゆをいただいた。お寺のおかゆはお餅も入っていておいしかった。
おかゆを食べ終えた私は、いよいよ風呂に行こうとした。
あの階段の先に風呂があることは確認済みだ。
しかし、風呂場に通ずる階段でぞうりが脱げてしまった。
もうどうにもこうにも足が冷たすぎて、再び足をぞうりに通すことすら困難である。
私はふらふらとよろけ、ぐつぐつとお茶を煮ている窯に寄りかかろうとしてしまった。
するとそこに階段おじさんが飛んできた。
「そこは熱いぞ!窯だぞ!!危ないぞ!!!まずはぞうりを履かんと!」
「駄目なんです。足が冷たすぎて履けないんです」
階段おじさんは私の荷物を持ち、風呂場への道を先導してくれた。
そんなやりとりをしていると、次はアマチュアカメラマンおじさんがやってきた。
「階段降りとるところ撮らせて」と。
「それができないんです。足が冷たすぎて。ぞうりが履けなくて」
もう、ぐっだぐだである。
私はぞうりを履くのを諦め、素足で雪の上を歩き、ようやく風呂がある建物にたどり着いた。
いよいよ、待ち望んだ風呂だーーー!
が、「今、男性の団体様が入られているんで、お待ちください」と言われてしまう。
何!?風呂は男女分かれているんじゃなくて、時間をずらして入るシステムなんだっけ??もう、何もかも分からない。
私は石油ストーブの前に足を出して、10人ほどの男性たちが風呂から上がってくるのを20分ほど待った。
無事に風呂に入り、会社に帰ったのがお昼過ぎだった。
ばばっとドライヤーで髪を乾かした後、映像をチェックする。
そしてその映像を見た瞬間「やっちまったー」と、私は大後悔の渦に呑み込まれた。
私がこの滝修行を「朝メシ前の仕事だ」と言い切っていたことは①でも書いたことである。それゆえ、そこに照準を合わせた準備をしてこなかったのだ。それがダイエットだった。
年末に、断食やら、水泳やら、加圧トレーニングやらを組み合わせて絞ったアゴが、ここのところの忙しさでそれらをさぼり、元の二重アゴに戻っていた。油断していた。
滝修行はノーマスク。カメラマンは私の表情を狙い、かなりアップに撮る。
大きく映し出された映像の中で、二重アゴの私が悶絶している。
あぅあぅあぅあぅあぅ。時すでに遅し。
まあ、二重アゴにくよくよしていたのは私だけのようで、東京のデスク陣からは「そんじょそこらの芸人が勝てないリアクション」「神々しい」などとたくさんお褒めの言葉をいただいた。
↓北海道のきれいなダイヤモンドダストの映像のあとに、私の二重アゴ滝リポート
神奈川の妹からも、「あのリポートはボーナス金欲しいね」「これをかって出る女性記者はなかなかいないよ」「これが女性がやる取材体験か!?っていうところにすごさがあるね。これはすっごいわ」「お姉はあの滝行やりたかったん?頼まれたからか?自分からか?なんであんなことするんや?この極寒の時に!!」と、立て続けに熱いメッセージが入ってきた。
日々の仕事に苛立っているときは誰も手を貸してくれず、苦しんでいることにすら気付いてくれないが「わかりやすい苦しみ」って、こんなにみんなから「頑張ったね」と称賛されるだなぁ・・・と、俯瞰する自分がいる。コスパがいい仕事である。
「中田さん、来年5度目もお願いします!笑」と、冗談めいたリクエストが入る。
「もちろんでございます!こんなの朝メシ前の仕事ですから」と返信した。