男友達の看病
若いイケメン男性の買い物袋からネギが出ていた。
あまり見かけない風景なので「自炊男子なのかなぁ」と思った。
この季節だからひとり鍋でもするのだろうか、あるいはネギトロ丼か何かの薬味だろうか。しかし数分後、私の単純なプロファイリングは、あっけなく間違いであることが判明する。
駐車場に車を入れた時から彼の事は目に入っていたのだが、タイミング的に同じエレベーターに乗り合わせることになった。
あれ?こんな人、住んでいたっけ・・・!?
狭いエレベーターの中で一緒になり、互いに「こんばんは」と、あいさつをする。彼はカチコチに凍った保冷剤を手にしていた。
「冷たくないですか?」と声をかけると、男性は「友達が風邪をひいたみたいで、それで」と口にした。
同じマンションの住人同士、互いに詮索はしないが、だいたいどの部屋にどんな人が住んでいるかは把握している。ネギと保冷剤持参の若い男性は、一人暮らしの可愛い女の子の部屋に入っていった。
あぅ・・・お見舞いというか、看病だったのかーと思う。
「友達」って言ったよな、と思う。
彼女ではなく、女友達の家にネギ持参でお見舞いに行くなんてー。
逆にエロすぎる。
とても身ぎれいな男の子だった。20代だと思う。
彼からは「看病わくわく」というオーラが出ていた。
彼の言葉を額面通り受け取れば、まだ付き合っていない女の子の部屋にいくことになる。
私はきょう、ずっと行きたかった『ねじまき紅茶堂』に行き、
ダージリンのファーストフラッシュと、イギリスの伝統菓子をいただき、気兼ねなくしゃべれる女友達と「私の人生、ほんとうまみがないんよ」などと好き勝手なことをしゃべって、最高の時間を過ごしていた。
家に帰ってからアールグレイティーを飲んで鋭気を養おうとしていたのに、どうにもこうにも女友達の看病に気をとられてしまい、ゆっくりお茶を淹れたり、お茶を飲んだりする気分ではなくなってきた。もう、ただただだらしない顔で妄想時間である。
どうしたらそのようなシチュエーションになるのだろう。
女の子の方が「熱が出てつらい」と、男性を呼び寄せるのだろうか?
あるいは男の子の方が「いまから看病に行くよ」と言うのだろうか?
そしてあのネギの行方は・・・!?
彼がおかゆをつくり、ネギを散らすということで間違いないだろうかー
あぁ、願いが叶うなら・・・看病風景を見てみたい・・・
何を、どんな風にしてくれるのだろうかー
「お酒が飲めないなんて、人生の半分は損をしている」
「パクチーが嫌いだなんて、人生の半分は損をしている」
「サウナが苦手だなんて、人生の半分は損をしている」
人生の半分を損する例えは様々あるだろうが、「男友達に看病してもらっていないなんて、人生の半分は損をしている」と思う。
ネギ持参のイケメン男友達が、部屋にやってきたことなど一度もない。
風邪をひけば誰にもうつしてはなるまいと一人部屋にこもり、ポカリをがぶ飲みし、熱い、つらいと、一人でのたうちまわり、何度も体温計をわきに差し込み、ひとりで熱を冷まして自己完結してきた風邪歴史・・・。
そもそも体調管理も仕事のうち、と、元気に過ごすことを美徳として生きてきた昭和の「根性論」が、痛烈にダサく思えてくる。
なぜあのとき我慢せずに「つらいの」と、言わなかったのか。
なぜあのとき隠さずに「いま風邪で寝込んでいるの」と言わなかったのか。
なぜあのとき「元気だけが取り柄」と、自分に無理を強いてきたのか。
あのとき あのとき あのとき・・・。
ああ、本当に私の人生はうまみがない!!