無粋な女
2022.9.30(金)晴れ
社内のリモート会議で各地域の支局長の名前が呼ばれ、コメントを求められていた。
もうすぐ私の番かな・・・と思って構えていた折、「中田さんは今はいいです。後で呼びます」と言われて、ぞわぞわした。
何か叱られそうだなぁと直感した。その言い方は「後で職員室に来なさい」というような・・・。個別に叱られる案件を彷彿とさせた。
しかし逃げるわけにもいくまい。私は声をかけられるまで、マイクと画面をオフにしてただ静かにその時を待った。
そして会議の後半、画面に「デスク賞」の文字とともに、自分の名前と顔写真が映し出された。
「えっ、えっ?そういうことなの!?えーーー!!」私は驚きと喜びで大声を出した。
「叱られるのだろう」と構えていただけに、真逆の展開に腰が抜けるほど驚いた。
社内的な賞なので内容は伏せるが、まあ、仕事内容が認められたということだ。
そこで初めてコメントを求められた。私はマイクと画面をONにして
「実は『後で』なんて言われるものですから、てっきり怒られるものだと思っていました。まさかこんな賞をいただけるなんて、びっくりしすぎていて・・・。積み重ねた取材があると、言葉に魂が乗ることを実感しました。これもそれも〇〇さん、□□さん、☆☆のみなさんのおかげです」などと、喜びそのままに熱くコメントした。
落ち着いて思い返してみると「社内のリモート会議なのに、まるでアカデミー賞張りのスピーチをぶっこいてしまったな…」と少し恥ずかしい。
会議が終わったあとも、私は喜びのあまり手が震えていた。
「えっと、私、今から何するんだっけ・・・?あの資料、手が震えて作れそうにないからMさん作って」となどとスタッフに言い、ただただ喜びに浸っていた。
実はその夜、たまたま9年ぶりにある男性と会う約束をしていた。
彼と会うのは滝川クリステルが「お・も・て・な・し」で東京五輪招致を勝ち取った2013年ぶりだった。
あのニュースを一緒に見ていたから覚えている。
同業で1つ年上。20代の頃から知っている。今は県外にいるが、富山に来る用事があるから、一緒にごはんを食べようと約束していたのだ。
ときどき互いをテレビ画面で見ることがあった。
私は先日「この前見たけど、太ってたし老けてたよ。昔はかっこいいお兄さんだったのに、おじさん化してた。素材はいいんだし、ジムでも行って少し締めた方がいいんじゃない?」と、失礼極まりないことを言ったばかりだ。
彼の地雷は、見た目ではないことを知っていた。
実際、彼は別に気にするでもなく「そりゃ、老けるよ~」と言っていた。
私だってずいぶん老けただろうが、女性に対し「そっちこそ老けたな」などと言い返すような無粋な人ではなかった。
私は彼に「泣きたいほど仕事でうれしいことあった。美味しいもん食べて騒ぎたい。付き合って」とラインした。
「あら、それは良かったですね。」と、彼らしい淡白な返信が送られきた。
いつもは割り勘にこだわるが、きょうはごちそうになろうかなと思っていた。
私は郊外の蕎麦屋さんとかとんかつ屋さんはどうか、車出すよ?と言った。
彼は「いつもそんな郊外に行ってるの?わびしい食生活だね」と言い、街中のきれいなお店に連れて行ってくれた。
昔から仕事はできる人だったと思う。それゆえ、いけ好かないところも多々あった。
私の苦手分野にも明るく、取材がうまかった。私のやり方に駄目出しをされたこともあるし、彼の手柄や人脈をとうとうと聞かされるのも苦痛だった。
顔もいいし、仕事もできるし、ケチじゃないし、独身だし、一緒にいたら楽しいはずなのに、会ったらむかつくことが多かった。
そんなこんなで彼からの連絡を何度も無視した結果、9年もあいてしまったのだ。
9年ぶりに会おうと思えたのは、私も年齢を重ね、たまにむかつく奴の顔でも見てみようか、と余裕が生まれたからである。
私は「こんないいところに連れてきてくれてありがとう」と言った。
彼は「お酒、無理しないで。ソフトドリンクもあるよ」と、私があまりお酒を飲まないことも覚えていてくれた。
メモしなくとも取材内容が頭に入るタイプなのだろう。
彼は勝駒を、私は梨のソーダを注文した。コース料理が始まった。
一皿目からカニが出てきた。ズワイガニとベニズワイガニを交配したとても希少なカニ「黄金ガニ」だという。
私がそっとバッグに手を伸ばした瞬間、彼は「まさか、写真撮るとか無粋なことしないよね?」と言ってきた。
なんという洞察力・・・。私の行動が先読みされている。
食べる前に料理の写真を撮ることが、無粋な行動であることは私も重々わかってはいる。
いい女は、SNSにカニの写真などアップしないこともわかっている。
でもやめられない、撮っておきたい。
私は「わかった。1枚だけ。きょうあなたにお祝いしてもらったことを覚えておきたいからこのカニだけ」と言い、私はささっと撮ってスマホをバッグにしまった。
そのあとも美しい料理がどんどん運ばれてきた。
富山ガラスの器もとても美しく、撮りたい撮りたいと思ったが、ぐっと我慢した。
彼は「こういうのは、心のファインダーに残せばいいんだよ」と言いながら、きれいにお酒を飲み、きれいに食事を楽しんでいる。
嫌な奴のはずだが、所作に品がある。もはやなぜ嫌な奴だと思っていたかも思い出せない。
彼はコース料理とは別に、カワハギのお刺身を頼んでくれていた。
「これが旨いから。ここに来たら食べたかったんだ」と。
肝がついたお刺身に、私のテンションも爆上がりだ。
私は「肝だけ、撮らせて。お願い」と言って、彼の許可が下りたか下りないかを確認する間もなく、さっとカワハギも撮った。
仕事のことを中心に、彼がぽつぽつとしゃべっている。
軽い自慢話も、ちょっとした愚痴も、ごちそうだった。
「うんうん、何々?」と、積極的に聞きたいくらいである。
全て受け止められるようになったのは、年齢のせいか、目の前のごちそうが美味しすぎるせいか、それとも私自身の人生が満たされているからかー。
ふわふわと宙に浮くような気持ちのいい夜。この空気を忘れたくない。
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