ayakonoheya’s diary

日々のことを、ありのままに

草をむしるように歯を抜く

2022年9月8日(木)くもり 歯科医10:00予約

 

採血が怖い、点滴が怖い。痛いことが人一倍苦手だ。

おそるおそる「痛いですかね?」と聞いてみる。

「麻酔がちょっとチクッとしますかね~」と、先生が言う。

 

そうして本当に、外側の歯茎にチクッと痛みが走った。

しばらく時間をおいて内側の歯茎もチクッとした。

麻酔は2カ所から打たれ、感覚がなくなっていく。

私はきょう、歯を抜くのだ。

さようなら。奥から2番目の左下の歯。

さようなら。ぎりぎりまで持ちこたえたけど、もう限界のようです。

前回の検診で先生はレントゲン写真を見ながら、「やっぱり歯が折れているようですね。ここからばい菌が入って黒くなっています。このままいくと骨が溶けて、インプラントの釘も打てない状態になります」と、断言した。

 

思えば去年の春ごろからやばかったのだ。歯茎が腫れて痛かった。

体調不良か?虫歯か?何だろう・・・と診断を受けた1年前にも、「歯の付け根が割れているようですね。いずれ抜くことになるでしょうが、もう少し様子を見ましょうか」と、言われていたのだ。

 

歯ブラシや糸ようじでの手入れは丁寧にしていて、定期検査のたびに褒められる。

出血24%、プラーク17%と、低い数値だ。

でも歯の根元が折れていることはどうすることもできず、いよいよ抜かねばならないところまで迫っているようだ。

 

先生のことは信頼しているものの、念のためセカンドオピニオンとして別の歯科も訪れた。インターネットのコメント欄で信頼の厚かったベテラン先生は「僕でも抜くことになるでしょうね」と言った。

 

もう決心するしかない。

まな板の上のコイは、麻酔を打たれ、身をゆだねるしかなかった。

 

歯を抜くのがこんなにあっけないとは思わなかった。

麻酔を効かせた後、先生は草むしりをするかのように、いとも簡単に歯を抜いた。

みりっと、ひと思いに。

あ、こんなさくっと歯は抜けるのかと思った。

「麻酔ってすごいな」と、麻酔を発明してくれた科学者にも感謝した。

先生は「あ、やっぱりぱっくり割れてましたね」と、抜いた歯を見て言った。

 

私は「抜いた歯、もらってもいいですか?」と聞いた。

先生は「どうぞ~。袋に入れて受付に預けておきますね」と快諾してくれた。

その反応も私を安心させる材料になった。

本当に抜くべき歯だったんだな、と思った。

私は用心深いので、あらゆる場面で記録を取りたがる。

写真だったり、メモだったり、何かあったときに証拠として示せるものを手元に置いておきたがる。

 

帰ってからまじまじと抜いた歯を見る。

素人目に見ても、ここが割れている部分なんだろうなと推察できる。

割れていない歯と比較すればもっとわかりやすいのだろうが、割れていない歯は抜くわけにはいかないし。

さっきまで私の体の一部だった歯は、金属と血液が混ざり、魚市場のような生臭い匂いがした。

朝、昼、晩と食後に1錠ずつ飲む内用薬『トミロン』

我慢せずに痛いときは飲んでくださいねと渡された頓服薬『ロキソニン

 

それらを飲みながら、たまの休みを満喫しようと意気込む。

ハードディスクの整理とか、たまっている書き物とか、読みかけの小説・柚木麻子のBUTTERを読み切ることとか、そろそろ再開しようかなと思っている筋トレとか、ごちゃごちゃしている棚の整理とか・・・。やりたいことは色々あるのに、薬のせいか眠くなり、ちょっとベッドに横になるとすぐ寝てしまう。

 

こうしてのんべんだらりと過ごしていると、仕事用のスマホに「黒部のYさんから電話がありました。月曜日には来ると伝えておきました」と入る。

え?黒部のYさんって誰?黒部市?民間?男性?女性?何の用件?ぱっと思いつかない。

 

私はスタッフに「居住地と苗字だけじゃ何もわからない。この仕事はスピードが命。もしかして週末に何かしてほしいう用件かもしれないし。私は休みの日でも即座に電話は折り返したいから、今度から連絡先と用件を必ず聞いておいて」と伝える。

「了解しました」と返事が来る。

 

抜いた歯の歯茎を舌で触りながら、黒部のYさんとは誰か、思いを巡らす。

その日の夕方に判明したのだが、1年ほど前にお会いした方で、数週間後にあるイベントの取材依頼だった。

 

そうしてまた、抜いた歯を引き出しから取り出して眺める。

ぱっくりと真ん中が割れた歯を見て「この歯はこのまま残すと逆にろくなことがない、未来を邪魔する歯だったのだ」、と言い聞かせる。

きょうは今後の人生においていらないものを抜き去り、大きく前進をした1日なのだ。