異動までの日々⑤ 絵画購入期
新居が完成した直後での異動だったので、「ええ~!?残念ですね」と同情されることが多かったが、考えようによっては完成してしまってからの異動で本当によかったと思う。これが新居の打ち合わせの真っ最中だったりしたら、パニック具合はもっと高かっただろう。コロナ禍にリモート打ち合わせを駆使しながら、やり切っておいてよかった。ローンの締結も、地鎮祭も、完成式も、全部見届けられたし、引っ越しもやりきっていた。
母は「こんな素敵な新居があれば、友達も何もいらない。ここで一人で暮らす~」と楽しそうだ。まあ、新居があってもなくても友達なんてほぼいないのだ。
そして「新居に飾る素敵な絵が欲しいわぁ」などと言うので、画廊巡りにも付き合うことにした。
その画廊でピンときたのが、金沢市在住の画家・西野健太郎さんの絵だった。実は西野さんのことは5年前に取材を通して知っていた。私も大好きな絵だったけれど、前の住まいには飾る場所もなく、西野さんの絵は卓上カレンダーで楽しむことくらいしかできなかった。
西野健太郎さんは1980年金沢市生まれ。サンフランシスコの大学で絵を極め、世界最大の動物画の国際コンクール「AFCフェスティバル」で2015年の世界トップ80人にも選出されている。やさしい表情の動物画は、まるで命が宿っているかのようだ。
「おかん、西野先生に直接連絡とってみようか?先生のアトリエにはもっと作品があった気がするし、直接先生とお話しながら決めたくない?」と提案する。母は「え~!行きたいぃ~!!」と、本当にうれしそうだった。先生にもすぐに電話がつながり「ぜひお越しください、準備しておきます」と、うれしい言葉が。
うちは父と母の仲が非常に悪く、父の干支は寅年(とらどし)である。先生の絵にはかっこいいトラの作品も多数あるのだが、母は「トラの絵は父を連想させる」と言って絶対に買わないので、トラだけ省いておいてくださいと伝える。
「わかりました~!トラ以外を揃えておきます~!!」と返事が来る。
3月6日(土)雨の中、5年ぶりに西野さんのアトリエにお邪魔する。
トラ以外の動物たちが私たちを迎えてくれる。
部屋の写真をプリントアウトしたものを持参し、どこにどんな絵を飾るといいかアドバイスしてもらう。母は下駄箱の上に飾る用の小さめの絵を思っていたみたいだけれど、先生は玄関に入った真正面に、長細い絵を置いてはどうか?とおっしゃった。
確かに・・・。すごくいいかもしれない。
もともと思っていた下駄箱の上には、母の干支であるヒツジちゃんを選んでいた。
私は一目ぼれしたエメラルドグリーンのウマの絵を購入することにした。実は私は「午年(うまどし)なのだ。干支に引っ張られて購入する作品が決まっていくという、昭和生まれの性(さが)・・・(笑)
先生の絵は、原画を複製したキャンバスに直接筆を入れていくというセミオーダーの作品で、完成までにおよそ2週間を要するとのことだった。
3月20日(土)晴れ。先生自らが絵の設置に来てくださった。
慣れた手つきで釘を打ってくださる。うれしい・・・。これを女手2人でやろうとすると大変な労働なのだ。
母は、とても気に入ったようで「寝室に夜のフクロウもいたらいいかな?でも、一気に買いすぎかな・・・?」と、もじもじしている。
「今年の誕生日プレゼントと母の日を兼ねて、夜のフクロウちゃんは私がプレゼントしてあげるわ」と言ったら、母はまた大喜びしていた。
先生に問い合わせたら「夜のフクロウはもうできているので、あすにも持っていけます」との返事。2日間連続で我が家に来てくださった。
同じお金を出すなら、1日でも長くその作品を楽しんだ方がいい。何だってそう。
「定年になったら海外旅行に行こう」とか「年をとったら欲しかったあれを買おう」なんて、私から言わせれば愚の骨頂。
その間に体を壊すかもしれないし、コロナが蔓延するかもしれない。
どうせ買うものならばすぐ買う。うれしい気持ちはすぐ伝える。幸せな時間は1日でも長い方がいい。
異動までの日々⑥につづく